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救児の人々


10 25, 2010 | Tag,周産期医療

救児の人々 ~ 医療にどこまで求めますか (ロハスメディカル叢書 1)
日本が世界に誇る周産期医療には光と闇がある。

光は言うまでもなく、周産期死亡率が低いことである。死亡率は低いほうがいいに決まっている。ちなみに周産期死亡率というのは妊娠満22週以後の死産と早期新生児死亡を合わせた時期の児の死亡率のこと(周産期死亡率 - Wikipedia)。

闇は発達した医療のおかげで、かろうじて生き延びることができた重症児も増えたということだ。もちろん、未熟児で生まれてきてもなんの障害もなく、成長する子供もいるだろう。しかし、命は救えたけど、人工呼吸器が手放せないような重症な子供が増えたのも確かだ。

今回読んだ本は、そういった新生児医療の光と闇にスポットを当てた本だ。

特に新生児医療に潜む問題点を鋭くえぐっているところに感心した。


どこまで医療を施せばいいのか?

赤ちゃんが母親のお腹の中で成長するとき、妊娠期間の満期(40週)に近ければ近いほど赤ちゃんは成熟する。早い週数で生まれるほど未熟児となる。現在の周産期医療は妊娠期間が20週に満たない場合でも助けることができたりする。

生きるか死ぬかをなんとか救うことも可能になった。しかし、なんとか救えた命の中には人工呼吸や経管栄養の管理など、家族にとってはかなりの負担がかかる状況に陥る場合もある。

もちろん「出来る限りのことをしてあげてください」という母親もいるが、なかには「これ以上何もやらないでください」と懇願する母親もいるそうだ。

どちらが正解なのか答えは出ない。医師は答えを出せない。担当した新生児科医も全力でその患児の救命にあたるだけだ。

こういう状況を踏まえて、これから母親になる人はお産がある程度リスクのあるイベントなんだということを自覚しておく必要がある。もしかしたら自分が障害をもった子供の母親になるかもしれないということを。


社会の受け皿が整っていない

不幸にも重い障害を持ってしまった場合でも、ずっと病院にいることはできない。

病院のベッド数には限りがある。新しく来る患者のためにベッドを空ける必要がある。

人工呼吸器がついている状態でどこに退院するのか?

基本的に自宅である。その場合の家族の負担はとても大きなものだろう。24時間付きっきりで見ていないといけないし、痰の吸引など、やらなくてはいけない処置も多い。

短期間でもどこかの施設に預けられれば、少しでも家族の負担を減らすことにつながる。

しかし、受け入れられる施設は足りていない。

つきっきりの看病のせいで何年も美容院に行っていない母親がいるという話を聞くと、国はNICUの拡充を叫ぶと同時に、その後の受け皿のことも考えるべきだと思った。新生児医療と障害者福祉は同時に考えていかなければ、片手落ちなのである。


救児の人々 ~ 医療にどこまで求めますか (ロハスメディカル叢書 1)救児の人々 ~ 医療にどこまで求めますか (ロハスメディカル叢書 1)
(2010/05/25)
熊田梨恵

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あと、新生児医療をどこまで行うかについて、際限なく使われ、そのほとんどが公費で負担されている医療費に焦点が当てられていた点に驚いた。

我々医師であればそのあたりのことは当然のように分かることなのだが、本書ではジャーナリストとはいえ一般の人が新生児医療にかかる医療費について問題提起している。



1 CommentsPosted in 医療
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By 10 26, 2010 - [ edit ]

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