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劇場のイドラに踊らされるな 「正しく考えるために」


12 27, 2009 | Tag,論理,論理学,思考力,考えること,前件否定の誤り,後件肯定の誤り

正しく考えるために (講談社現代新書 285)
イドラというのはフランシス・ベーコンが名付けたわれわれの心の中に潜む”偏見”のことです。
劇場のイドラというのは、権威の盲信から生じる幻影(≒偏見)のことを言います。

必要な情報へのアクセスが格段によくなった今、多くのことを知る機会が増えていると思います。
考えるために知ることが通常のプロセスなのに、今では誰かしらの解釈がすぐに手に入ります。

そんな状況では気付かないうちに劇場のイドラに踊らされていることもあるのではないでしょうか。


正しく考えるために「知る」ことは必要だが、多くを知っていれば正しく考えられるわけではない。

このフレーズはとても胸に刺さります。

自分で考えていると思っていることが、誰かの受け売りになっている可能性があるということです。

私にとっても耳の痛い話です。


では、正しく考えるためには実際にどのようなことに気をつけたらいいのでしょうか?

情報の出し手を批判的にみてみることが時に必要です。
批判的に考えてみるときに論理学が役に立ちます。



例えば、前件否定の誤り

「PならばQである。Pである。ゆえにQである。」

これが成り立つときに、

「PならばQである。Pでないなら、Qでない」としてしまう誤りのことです。

「雨が降れば道路が濡れる。雨が降っていないから、道路は濡れていない」という文章。

これがおかしいことには意味を考えるとわかると思います。
実際には雨が降らなくても、道路が濡れることはありますよね。
水道管が破裂したとか、誰かが水をまいたとか。レアケースですが。


もうひとつ。後件肯定の誤り

おなじく、「PならばQである。Pである。ゆえにQである。」

これが成り立つときに、「PならばQである。Qである。ゆえにPである。」としてしまう誤りのことです。

ややこしいですが、「PならばQである。Qでない。ゆえにPでない。」なら正しいのです。

これも「雨が降れば道路が濡れる。」で考えてみましょう。

「雨が降れば道路が濡れる。道路が濡れている。ゆえに雨が降っている。」

例文で考えてみると、これもおかしいことに気付きます。
やはり道路が濡れている理由は水道管が破裂したとか他の理由からかもしれないですよね。

「Qでない。ゆえにPでない。」に対応する「道路が濡れていない。ゆえに雨は降っていない。」

これなら正しいですね。



私の場合はどうしても受け取った情報の整合性を保ちたいがために、多少違和感があってもそれを飲み込んで理解したと考えたくなる癖があるようです。

誰かの意見に耳を傾けるときは、こうした論理の過ちに気付くと正しく批判できるような気がします。


批判的に考えるための論理学のツール、「前件否定の誤り」、「後件肯定の誤り」、そして道路と雨の例、このあたりは覚えておくといいかなと思いました。

正しく考えるために (講談社現代新書 285)正しく考えるために (講談社現代新書 285)
(1972/07)
岩崎 武雄

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