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ときに親切なウソ


04 19, 2009 | Tag,医療,コラム

全てを正直に話すことは常に必要とされていることなのでしょうか?

様々な場面、状況によってウソは正当化される場合と、糾弾される場合があると思います。
もちろん糾弾される場合の方が多いのは言うまでもありません。

ではどのような時に正当化されるのでしょうか?
例えば、医療行為。手術の場合としましょう。

さまざまな手術があって、手術の前には入念に手術説明がされます。現在の病状から始まって、手術の必要性、その方法、今後の治療予定、手術をしなかった場合の代替治療、手術に伴う合併症などなど、話さないといけいないことはたくさんあります。

手術の必要性やどんな手術を予定しているかなど、そういった話をしている時はいいのですが、つらいのは合併症の説明をするときです。医療訴訟の多い昨今では、起こりうる合併症は思いつく限り、「こんなことが起こるかもしれません」と患者さんに告げておく必要があります。めったに起こらないことでも起こり得るものは説明しておかないと、「そんな話聞いてなかった」と患者さんに言われることがあるからです。

だから手術の説明では手術法の説明より合併症の説明に時間がかかることがよくあります。

延々と合併症の話ばかりしていると、中には怖くなって尻ごみしてまう患者さんもいます。起こるかどうかは別にして、起こるかもしれないことを全て話している、と伝えても、患者さんの頭の中にはいったん恐怖が埋め込まれると取り除けない人もいます。

こんなことは話し方次第だと思いますが、おそらく患者さんが欲しい言葉は「大丈夫ですよ、安心して任せてください」という言葉でしょう。本当だったらほとんど起こらないような合併症については「この合併症は起こりません」と断言してあげた方がどれほどいいか分かりません。でもこれはウソです。患者さんの立場で考えると正当化される、優しいウソと言えるかもしれません。しかし、絶対に起こらないとは言えないのが医療です。

「怖い話は聞きたくない」、という患者さんもいれば「そんな話聞いてなかった」という患者さんもいます。両者を見極めるのは困難です。なぜなら、合併症が自分や自分の身近な家族に起きてしまうと、予想外に態度が変わる患者さんもいるからです。

だから、怖い話はどの患者さんにもしなくてはいけません。親切なウソでもです。ウソも方便ではまずい世の中になっています。



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