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”イマジン”の歌詞にも書いてある。【書評】人類は「宗教」に勝てるか


04 09, 2009 | Tag,宗教

人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)
(2007/05)
町田 宗鳳

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本書の著者である町田宗鳳さんは変わった経歴の持ち主で、14歳で家出をして出家、その後34歳で寺を去り渡米、渡米後ハーバード大学の神学部で神学修士号、ペンシルヴァニア大学東洋学部で博士号をとり、現在は広島大学の大学院で教授職に就いています。

宗教学会の重鎮の著作なので、どれくらい宗教を信仰することが大切か説かれるのかと思いきや、いい意味で裏切られました。
特に信仰のない私の立場から見ると、信心深くなるということは自分以外に頼れる”何か絶対的なもの”を持つという意味で、自分一人で背負い込むことが少なくなることで楽な気持ちになれるのだろうな、ということはいつも感じています。

全てを自分の中で完結させることはとても難しいことで、宗教を持つことはそんな不完全な自分を許せるようになるメリットがあると思います。


しかし、一方で違和感を感じるのは、キリスト教やイスラム教やヒンズー教、仏教などがお互いを認めあわないことで不毛な争いが起きることです。今のイスラエルはどうでしょうか。人類の戦争の歴史は宗教の歴史とともにあると言っても過言ではないでしょう。

クリスチャンの中には福音主義者という人たちがいます。彼らは自分たちの信仰に加わらない立場の人を否定します。

本書の中に登場した若いクリスチャンの女性の言葉が印象的でした。


「私の父も兄も洗礼を受けてくれました。ところが、母だけが頑として洗礼を受けようとしません。それどころか、ご先祖が大切だと言って毎日仏壇に手を合わせています。私は母が大好きですが、このままでは彼女は地獄に堕ちてしまいます。」


幼いころから両親の信仰する宗教にどっぷり浸かってしまうと、その子供がどんなに努力してもその宗教から抜け出すことは難しいでしょう。このような福音主義者が世の中に増えてしまったら、いったいどうなるんだろうと不安を感じざるを得ません。

もちろん、それぞれの宗教にはたくさんの派閥があって、ひとくくりにできないということも分かっています。しかし、特定の宗教を持つことに魅力を感じないのは特定の宗教に排他的な傾向があることが関係していると私は思います。


著者の町田さんは本当に信じるべき宗教は”既存の宗教”ではなく、”無神教の「愛」”だと言っています。世界の平和のためにも一神教や多神教などの既存の宗教は消え去るべきだと。


人間の力を超えた偉大なるもの(something great)に対して、全身がふるえあがるほどの敬虔な気持ちがあれば神仏を語る必要はないのである。お寺や教会に行かなければ神仏に会えないと考えるのは、酸素ボンベにしか酸素がないと思いこむようなものである。


”無神教の「愛」”という言葉を理解するのは難しいのですが、この場合の「愛」というのは自他の二元論の中で見出されるものではなく、愛する対象を求めず、それ自体で成立するものという意味です。

そしてこの「愛」は不安や恐怖など他者から受ける影響とは関係ない「自己との共存」から生まれます。


タイトルにあるように人類が宗教に勝って平和な世の中を作るためには、一人一人が自分と向き合って、自分の中に偉大なる何か(something great)と”無神教の「愛」”を見つけることなのです。

ジョン・レノンの”イマジン”の歌詞は無神教が世界平和を作る鍵だと解釈できるのですね。





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