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【書評】理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性


04 01, 2009 | Tag,選択,科学,知識

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)
(2008/06/17)
高橋 昌一郎

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知らない世界がココにありました。

本書は選択、科学、知識の限界について過去の偉人の言葉を引用してなるべく簡単に説明しようとする本です。内容自体は正直難しいのですが、数理経済学者や哲学史家、生理学者、論理実証主義者、実験物理学者などの専門家と運動選手や会社員、大学生などの素人が議論や雑談を交わすように進行することで、論じているテーマが分かりやすく説明できるように工夫されています。


選択の限界、科学の限界、知識の限界がテーマです。
選択の限界

多数決は不公平である。場合によって。この間の千葉県知事選挙は単記投票方式の選挙でした。今回の選挙では当てはまらないと思いますが、、同じ選挙でも単記投票方式にした場合と、順位評点方式にした場合では選ばれる人が違ってくる可能性があります。

多数決は常に公平ではないのです。このように完全に民主的な社会的決定方式が存在しないという数学的な証明を「アロウの不可能性定理」といいます。

この項では他に囚人のジレンマ、ミニマックス理論、ナッシュ均衡、チキンゲームなどの話も軽く触れられており、そちらも興味深く読めます。


科学の限界

「ハイゼンベルクの不確定性原理」によれば、ミクロの物理現象は確率的にしか表現できない。つまり、完全に見える物理学ですが、その根底には大きな不確定性が横たわっている、というのです。

目に見えているものは全て確からしいと思っていましたが、こんな原理があるとは。実感がわきにくいのですが、科学も不確定性の上に横たわっているというこなのでしょうか。


知識の限界

「ゲーデルの不完全性定理」。数学と論理学の細かい知識はおいといて、簡単にイメージをつかむのに良い例があります。

①ナイト(騎士)の発言は全て真であり、
②ネイブ(ならず者)の発言は全て偽であり、
③全ての住人はナイトかネイブのどちらか
である。この前提では
住人が「私はネイブである」と発言すること自体がシステムに対する矛盾になる。



もっとわかりやすい例は、「私はうそつきである」という言葉遊びでしょう。

私がうそつきなら、この発言がうそを言っていることになるので、本当は「私は正直者である」と言っていることになり、はじめの発言と矛盾してきます。



本書を読むと、今まで信じてきたことが全てではないということが分かるので、多少ショックを受けるかもしれません。知らなくてもなんら問題なくこれからも過ごしていけるでしょう。

しかしながら、目の前に横たわっている事実が矛盾を含んでいるものだということを知ることは思考の幅を広げる意味で有用かもしれません。



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hobo-多読多評-04 24, 2009

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)(2008/06/17)高橋 昌一郎商品詳細を見る ■感想 知見を広げたくて購入。「神の非...

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