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考える読書のススメ【書評】読書について


01 28, 2009 | Tag,読書術,読書論

読書について 他二篇 (岩波文庫)読書について 他二篇 (岩波文庫)
(1983/01)
ショウペンハウエル

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とても逆説的な名著です。

まずはコチラをどうぞ。

「もともとただ自分のいだく基本的思想にのみ心理と生命が宿る。我々が真の意味で十分に理解するのも自分の思想だけだからである。書物から読みとった他人の思想は、他人の食べ残し、他人の脱ぎ捨てた古着にすぎない。」

「読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。」

「ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考える力を失っていく。」

「多読すればするほど、読まれたものは精神の中に、真の跡をとどめないのである。」



「自ら思索するものは自説をまず立て、後に初めてそれを保証する他人の権威ある説を学び、自説の強化に役立てるに過ぎない。」

「熟慮を重ねることによって、読まれたものは真に読者のものとなる。」



なかなか痛烈に多読を批判しているので、冷汗をかいてしまいますが、この主張はなるほど一理あるな、というものです。

ショウペンハウエルが多読をやめておいて方がいいと主張するのは、「自分の頭で考えなくなるから」です。たしかに、読んだ本を自分の頭で考えもせずただ鵜呑みにするようでは、それこそ他人の脱ぎ捨てた古着を着ているようなものでしょう。教科書のような知識収集型の読書ならこれでもいいかもしれません。

最近私も思うのですが、読書のおもしろいところは書物と自分の頭が反応し、自分の頭の中が少しずつ違う考え方に変わっていく、そして違う自分に変化していくという点だと思います。

もちろん、そんなにすぐには変われないですし、実感もないと思いますが、確実に変化は訪れていると思います。


しかし、変化するためには本を読みながら、もしくは読み終えた後に自分の頭で考えていなければなりません。そうしないと知識収集型の読書になり、そうやって得た知識はやがては忘れ、忘れた後に呆然とすることになります。

実は「考える読書」の方が結果的には記憶に残りますし、後になってからでも幅広く応用可能な読書法だと思います。自分の頭の中で加工しなかった知識はすぐに忘れていきます。自分の中で十分に消化しきれた知識は、異なった場面に出くわしても自然と体が反応して適切に対応できたりします。


「考える読書」実践していきたいと思います。


参考記事:
読まずに語る!?【本】「読んでいない本について堂々と語る方法」



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