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岩崎弥太郎と三菱四代


10 04, 2010 | Tag,三菱,岩崎弥太郎

岩崎弥太郎と三菱四代 (幻冬舎新書)
本書のタイトルにある三菱四代というのは、弥太郎、その弟弥之助、息子久弥、弥之助の長男小弥太のことである。

現在の三菱グループは、弥太郎以外の3人を抜きには語れない。

それぞれのキャラクターはどれも魅力的なのだが、僕が特に惹かれたのは弥之助である。

三菱は初め弥太郎が始めた海運業は成功し、莫大な財産を築いたが、明治政府との紆余曲折により、破綻寸前にまで追い込まれた。

これを救ったのが弥之助である。

弥之助は弥太郎の悲願であった海運業を手放し、鉱業や造船業、金融業、地所事業、倉庫業を中心に多角経営で三菱を再建したのである。

完全に同族経営だったわけだが、それがうまく機能しているところも興味深い。


しかし、三菱グループが巨大なことは知っていたが、キリンビールや東京海上火災保険、ニコンや旭硝子まで三菱グループとは知らなかった。

日本を代表する企業を知る上でもいい本なのではないかと思う。


岩崎弥太郎と三菱四代 (幻冬舎新書)岩崎弥太郎と三菱四代 (幻冬舎新書)
(2010/01)
河合 敦

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2 CommentsPosted in 歴史

「歴史とは何か」


08 02, 2010 | Tag,歴史

現在は誰かの手によって記録され、それは歴史となる。

また、過去の事実は誰かに掘り起こされ、それが歴史として記録されている。

歴史家が書いた歴史を、さらにその未来に歴史家が歴史として書くわけだ。

わたしたちが手にしている歴史というものはそういった過程を踏んだものということである。

歴史に求められるものはなんだろうか?

ただの事実の羅列であろうか。

歴史家の手にかかると、そこには事実の選択や整理という作業が加わる。解釈が加わっている。

歴史家は現在の一部で、事実は過去に属しているわけだから、歴史家が生み出すものは現在と過去との相互作用の産物である。

事実を持たぬ歴史家は根もありませんし、実も結びません。歴史家のいない事実は、生命もなく、意味もありません。


歴史とは歴史かと事実の間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのである。


そう。歴史は事実の羅列と違うのである。


歴史とは何か (岩波新書)歴史とは何か (岩波新書)
(1962/03)
E.H. カー

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