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40歳の教科書


03 05, 2012 | Tag,教育,子供

40歳の教科書 親が子どものためにできること ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編
英語教育、進学先、お金の知識、挫折との向き合い方、どれも子供の教育に大きく関わることですから一度は考えておきたいテーマです。

今日ご紹介する本はこれらのテーマについて著名人たちが回答し、それらを集めたものです。

今の僕(30代です)が偉そうなことは言えませんが、これらのテーマについて少しは考えたことがあるので、興味深く読みました。

特にこの本をきっかけに再考したのは、英語教育と進学先(中高一貫にすべきか)についてです。


英語教育について

僕があまり英語が得意ではないからでしょうか。ペラペラと英語をしゃべる帰国子女の友人を見ると、やっぱり子供は早いうちに英語漬けにした方がいいと思っていました。

本書に登場する著者たちは極端に早い時期から英語を学ばせるのにあまり賛成ではないようです。

というのも、母国語がおろそかになっていては物事を考えるときに支障をきたすからだそうです。まずは母国語を習得してきちんとした考える素地を作って、その上で次の言語を学んだほうが逆にその子の発達にとってはいいと。アイデンティティを確立させてあげるということでしょう。

そういえばだいぶ前のことですが、昔通っていた予備校の英語の先生が同じようなことを言っていたのを今でも覚えています。

ただ、それって本当なのでしょうか。いささか疑問の残るところではあります。英語を話せるメリットは間違いなくあります。僕が見てきた帰国子女の友人たちは勉強も人格も人並み以上だったんですけどねぇ。

いろいろな意見があります。


学校は中高一貫の方がいいのか

僕自身は地元の公立中高出身なので、私立の中高一貫校のことはよく知りません。最近は公立でも中高一貫というものがあるらしいですね。

もっと若い頃は地元の公立で十分だろうと思っていました。自分がそうだったように。公立の方がいろいろな家庭環境の子がいるし、その中で自分を適応させていく力が養われていく。それが学校というものだと思っていたんですね。

だんだん年をとると、考え方も変わってくるものなんでしょうか。最近は「いやいや子供が学ぶ環境を整えてあげるのも親の役目だろう」なんて考えるようになってます(汗)。人間はとても環境に染まりやすいものですし、自分の子どものこととなると考えが変わるものなのでしょうか。



頭を悩ませる日々が続きそうです。。

あまり大勢に流されず、子供の教育には自分なりの考えをもって関わりたいなと思います。


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(2010/07/23)
不明

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それでも学歴はあった方がいい


02 14, 2010 | Tag,受験勉強,教育,学歴,コラム

勉強になるのでいつも読んでいる金融日記さんのエントリから。


個人的には中学受験を経験したことがないので、ふむふむそうなのか、すごい人たちがいるもんだと思いながら読んだ。


ブックマークコメントでいろんな人がいろんなコメントをつけていて、興味深かった。
この記事を読んで僕が思ったのは、べつに小学生の時に遊んでいたって、勉強していたってどっちでもいいけど、学歴はあった方がいいよということ。
中学受験で天才小学生を目指すのにはあまり賛成しないんだけど。

学歴があった方がいい理由は選択肢が増えるから。
職業を選ぶ幅が広がるということ。
世の中にはまだまだ学歴が就職に影響することも多いと思うけど、それは仕方がない。
どこどこ大学がいいということではない。学歴を持っている人は、つまらない勉強でも最後までやり通した忍耐力とか、合格にたどりつくために勉強法に創意工夫をこらしていたとか、仕事を完遂するための一定の能力が期待できるのではないかと思う。
採用試験には面接とかもあるけど、他に評価対象になるような実績がある場合は別として、ある程度学歴というフィルターで選別して採用した方が無難という話になるでしょう。
例外もあるけど、ふるい分けという意味では有効。



でも、誰でも中学受験できるわけではないよね。
まず親の影響が大きい。経済力がないと中学受験なんてできないでしょう。
だから、中学受験できるのは幸運なこと。
それは親の優しさ、愛情の表れなのだろう。
勉強なんてある程度強制的にやらせないと、自発的にやるものではないし。



ただ、学歴は大事と思うんだけど、小学生の時に天才小学生を目指して猛烈に勉強することにはやっぱり違和感を感じる。
彼らが自ら望んで勉強しているならいいけど、熾烈な受験戦争に巻き込まれて大変な思いをしている小学生もいるのではないかなと。
受験勉強させるのは世間体を気にした、親のエゴという一面もあるかもしれない。
小学生の時に勉強するのもいいけど、外で友達と遊んだりすることも大切なんじゃないかな。

そう思ったのは天才小学生の以下の発言を読んで。
当然のことながら彼らエリート中学受験生は、小学校の先生よりはるかに頭がよく、はるかに多くのことを知っている。
特に理科や算数のような科目ではできる子供は際限なくできるので、小学校の教員の無能さには耐えられなくなる時が来る。
当時ひとりの生徒が「うちの学校の先生はぜんぜんわかってなくて、よく間違ったことを教えるんだ。あんな授業受けたくないよ」と僕に打ち明けてきた。

いろんなことが分かるのはいいけど、学校の先生に対してこういう感情をいだくことは、彼らの精神的な発達に良くない気がする。勉強ができるということと、良好な人間関係を形成できるということは全然別次元の話。目上の人に対する接し方とか今後の人間関係の形成にあまりいい影響を与えないんじゃないだろうかと心配になってしまう。

だからといって勉強ができすぎることを否定するわけではない。
それは素晴らしい才能だと思うよ。
でも、人と人との関係っていい思いや痛い思いをしながら、実際に他人と関わらないと身につかないと思う。
受験勉強を黙々とやっていても身につかない。

医者の仕事をしていると、ちょっとKYな発言をする同業者とかがいたりする。
もしかしたら彼らの中に元天才小学生がいたりして。
東大理Ⅲの知り合いとかもいるけど、中学受験の話はしないから分からない。

僕の知っている東大理Ⅲ出身の医者はすごく仕事ができて、性格も良かったな。
彼は高校から開成高校に入ったって言ってたけどね。



それで、、気になった天才小学生たちのその後は、
結論からいうと「みんなただの人になった」が答えだ。
もうちょっというと、ただの人だけど、やっぱり普通よりちょっと高収入で、ちょっとばかり社会的地位の高い人たちだ。
残念ながら世界的な企業家やノーベル賞級の科学者というのはぜんぜんいない。
(中略)
理系だと年収1500万円ぐらいの勤務医か年収700万円ぐらいの大企業のエンジニア、文系だと年収1000万円ぐらいの官僚や弁護士ぐらいが典型的な進路だ。
(中略)
あの天才小学生達の将来だとすればなんとも小さくまとまったという感じがするのである。

だそうだ。


小さくかー。
たしかに年収という尺度で比較すれば、もっといい職業はあるだろう。
でも、彼らは少なくとも高校生の時、自らの意思で進路を選択したはずだ。
だったらそれでいいのではないか。

彼らは数ある選択肢の中から自分の納得する職業を選ぶことができたのだから。



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